私は小学校の頃からお腹が痛くても、それを誰かに言うことができませんでした。
それは「うんち」をすることが恥ずかしいことだと思っていたからです。
人間誰でもトイレに行きます。
でも、トイレが長かったらうんちをしてるって思われるんじゃないか。
トイレが臭くなったらうんちをしたって思われるんじゃないか。
おならが出ちゃったら・・・。
とうんちをすることに対して抵抗がありました。
それは家でも同じで、トイレの近くに家族がいたらなんとなくできない。
うんちをしてることがバレないように、早く出してトイレから出ないと。
いつもそう思っていた気がします。
そんな私は中学の頃から便秘や下痢、ガスに悩まされるようになりました。
そこで一番辛かったのは誰にも相談できなかったことです。
便秘のときはお腹が苦しくて辛い。
でも学校でうんちが出る心配がなかったので、苦しければ休みの日に下剤で出せばいいや。
とそんなに重く捉えてはいませんでした。
しかし急な下痢に襲われた時は本当に困りました。
冷や汗を掻きながら授業中に「トイレに行きたい」その一言がどうしても言えなかったんです。
お腹はグルグル鳴り、腹痛の波が襲ってくる。
周りの目線も気になる。
恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。
授業なんて全く集中できませんでした。
私は迷いに迷い、悩みに悩み、勇気をもって立ち上がりました。
そしてやっとの思いで先生に伝えました。
「気持ちが悪いので保健室に行ってきます。」
トイレに行きたいとは言えなかった。
どうにか教室から抜け出したかった。
そこから逃げたかった・・・。
教室を出るとトイレに直行!!
授業中は誰もトイレにはいない。
それでも私は誰か来たら嫌だと思い、あまり人が使わないトイレに駆け込みました。
いろんなことを隠すことに必死でした。
下痢にならないかと不安になればなる程、調子の悪い日が増えていきました。
なので保健室通いも日に日に増えていきました。
そんなときに救われたのは、保健室の先生が私に必要以上にいろいろと聞いてこなかったこと。
お腹が少し痛くて。
そう言って保健室に行くといつも優しく「少し休んでいけばいいよ」とベットに寝かせてくれた。
「頑張れそう?あまり無理しないでお迎えに来てもらおうか?」
という言葉をはじめはかけてくれましが、きっと私が何か悩みを抱えているということを察してくれていたんだとおもいます。
「保健室はいつ来てもいいんだよ。来たいときにいつでもおいで。」
そう言ってくれたのを今でも覚えています。
休み時間になると友達が私の様子を見に保健室に来てくれて、友達と保健室の先生とたわいもない話をしてケラケラ笑い、いつしか私は保健室が安心できる場所になりました。
そして保健室という場所が、私の逃げ場にもなりました。
私があの時逃げ場をみつけられていなかったら・・・。
どうなっていたんだろう・・・。
40代になった今でも保健室の先生が笑顔で迎えてくれたあの瞬間を覚えています。
勇気をもって開いた保健室の扉。
先生の笑顔が「頑張ったね。辛かったね。」そう言って迎えてくれている気がして、涙が溢れてしまった。
胸いっぱいに恥ずかしさを抱えてやっとの思いで辿りついた保健室。
胸の中で張り詰めていた何かが弾けた。
あの時の気持ちが今でも忘れられません。
泣いてる理由を話さない私を、何も言わずにそっと抱きしめてくれた先生にとても感謝しています。
あの時保健室の先生は、私の体調を気にしてくれていたと同時に、私の心の心配をしてくれていたんだと思います。
だから私には敢えて何も聞いてこなかった。
でも、夕方保健室の先生から親に電話が来ていたのを私は知っています。
ただそこで親と先生が何を話していたのかまでは私にはわかりません。
けれど「いつでもおいで。」
その一言で当時の私は保健室という場所が安心の場所になりました。
人はそれぞれいろんな悩みを抱えている気がします。
人に悩みを打ち明けられる人もいれば、誰にも打ち明けれずに自分の胸の内に秘める人もいる。
でも話せないなら無理に話さなくていい。
ただ、話さなくてもいいから、自分の心が安心できる場所や、自分の心が安心できる方法を見つけてほしい。
と私は思います。
その安心できる場所が見つかれば、いつか自然と悩みを話してみたくなるかもしれない。
安心できる方法が見つければ、辛いときに自分を守ることができるかもしれない。
あなたにとっての「安心」を見つけるために、まずは勇気をもって小さな一歩を踏み出してみてください。
私はそんなあなたを応援しています。